コラムの内容には、架空の話も含まれます。
くれぐれも、ご注意ください。



『コイツ論争』 2005年11月22日(火)

片山さつき衆院議員が、小泉総理と前原・民主党代表の党首討論を、 テレビで見ているところに、テレビ局が取材に来てました。
そこで、片山さつき議員が言った言葉が、「コイツ、また同じこと言 ってるなぁ〜って感じ、、、」というもの。
これが多いな波紋を呼びました。

民主党の野田佳彦・国対委員長が噛み付いたのです。
野党の党首に対して、「コイツ」とは何事か!と激怒。
小泉総理の下、9月の総選挙で当選した、1年生議員たち。
いわゆる小泉チルドレンは、教育がなってない。
彼らの座るイスは、国会のイスではなく、チャイルド・シートだ!!
などと声明を出しました。

私は、野田国対委員長が、「チャイルドシートに座れ!」などと言っ てると聞いて、心配になりました、、、。
以前、この人が、面白いことを言ったのは、あのときでした。
国会議員に国民年金の未納があることが問題になり、小泉内閣の閣 僚にも、未納議員がいると判明。
菅直人代表が、「いいですか、みなさん。閣僚にも3人も国民年金を納 めていなかった人がいるんですよ。こういうのを、“未納3兄弟”とい うんですよ、みなさん」と演説していたときです。
野田氏は、「そんな自民党が、年金改革法案を提出する?
何を言ってるんだ、このスットコドッコイ。
顔を洗って出直して来い!」
と大見得を切っていたのです。

ご存知のように、“未納3兄弟”などと国民年金未納の閣僚を揶揄して いた菅直人代表自身に、未納があったとわかり、民主党代表を辞任す るという大失態が結末でした。

野田氏が、このまま、自民党の攻撃を続け、もしも、前原代表 まで、それに乗って、攻撃を強めるようなことになると、また、足元を すくわれることになるのではないか。
そう心配した私は、野田国対委員長に面会に行きました。

野田先生の部屋に案内され、あいさつが終わり、話を始めよ うとすると、テレビがついてるのに気付きました。
ちょうど、自民党立党50周年の記念大会の中継をやっていました。

「ほお〜、自民党、50周年か。」
「そのようですねぇ〜。50年ですかぁ〜、、、」
「おっ、なんだ?! コイツがあいさつするのか!?」

野田先生が、驚いて叫ぶので、テレビをよーく見ると、新人議員が壇上 に勢ぞろい。その集団の中から、前に出てきたのは、なんと、杉村太蔵 議員でした。
太蔵クン、甲子園球児のあいさつのように、元気一杯、カタコトの日本 語のようなたどたどしさで、なにやら言ってました。

「野田先生、自民党議員に対しては、“コイツ”はいいんですか?」
「えっ? コイツだろ? コイツ以外に、この男を表現するいい言葉が あるかね?」
「いや、それは、私も思いつきませんが。
でも、野党党首に対しては、コイツ発言は許せん!とおっしゃってまし たが」
「そりゃ、党首だから、キミ。
こんな1年生議員。しかも、当選と聞いて、一番にしたのが、議員歳費 はいくらだろうと調べたようなヤツだろ。コイツでいいんだよ」

「それでは、野田先生。
“コイツ”と呼べなくなるのは、議員、何年生からでしょうか?」
「いや、人によるよ。」「たとえば、、、」
「う〜ん、ゆかりタンは、コイツではないだろう、1年生でも。」
「民主党では?」
「民主党議員は、全員、コイツではないよ。当選回数に関わらずね」
「西村慎悟議員もですか?」
「その件は、ここでは、、、。また声明があると思うから。
私は、国対の方の仕事だから、、、」

民主党でも、西村慎悟議員の呼び方は、迷ってるようでした。(?)


「2005年10月21日 国対委員長記者会見要旨 (2-013)」
http://www.nodayoshi.gr.jp/report/k_kaiken/kaiken_002-013.html

↑民主党・野田国対委員長の発言内容は、こちらをご覧ください。
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さつき議員に武部幹事長「慎むべき」 前原代表へ「こいつ発言」

 自民党の武部勤幹事長(63)が24日、党本部で会見し、新人の 片山さつき衆院議員(46)が民主党の前原誠司代表を「こいつ」呼 ばわりをしたことについて、カミナリを落とした。

 19日の党首討論を“テレビ観戦”していた片山氏が前原氏を「こ いつもさ〜」などと呼び、激怒した民主党の野田佳彦国対委員長が2 1日、「小泉チルドレンはチャイルドシートに座ってろ」と批判して いた。

 武部幹事長は野田発言を「品位を疑う」と批判しつつ、片山氏の言 葉づかいについても「厳に慎むべきだ」とピシャリ注意。当選後の片 山氏が時折発する、自信満々の“さつき節”に党執行部からチェック が入ったのは初めてのこと。

 しかし、武部氏こそ農水相時代から数々の問題発言でその名をとど ろかせた“失言のデパート”。みずからに言い聞かせるかのように、 「美しい日本語を使うように私も十分注意します」とコメントするこ とも忘れなかった。(報知新聞)
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太蔵クン
自民党の立党50年記念大会で、新人議員を代表してあいさつする
杉村太蔵衆院議員(中央)Photo By 共同

自民50年「改革の党」強調、新憲法草案を発表

 自民党は22日午前、東京・高輪の新高輪プリンスホテルで、「立 党50年記念党大会」を開いた。

 同党は1955年11月15日に、自由党と日本民主党の保守合同 により誕生した。小泉首相(総裁)は演説で、先の衆院選での自民党 大勝について、「50年の実績と、これからの改革意欲に期待する声 で、大きな責任を感じている」と振り返った。

 そのうえで、「日本の近代政治史で奇跡とも言える大きな改革は、 明治維新の改革と、敗戦で灰燼(かいじん)に帰した日本の発展だが、 国民に大きな犠牲を強いた。平和のうちに世界の変化に対応できる改 革をするかが、政権政党である我々の責務だ」と述べ、構造改革路線 を継続し、「改革の党」として進む決意を強調した。

 武部幹事長が、「世界平和の実現に貢献」などをうたった新理念と、 「新憲法制定」「教育基本法改正」「小さな政府実現」などを目指す 新綱領を正式発表した。党本部が選挙区支部解散を行えるようにする ための党則改正案を説明、了承された。

 党新憲法起草委員会委員長の森前首相は、「自衛軍」の保持を明記 し、プライバシー権、環境権など新しい権利を盛り込んだ新憲法草案 を発表した。

 閉幕にあたり、行財政改革や党改革への決意をうたった「立党50 年宣言」を採択。9月の衆院選で初当選した新人衆院議員83人を代 表して、杉村太蔵氏が宣言を読み上げ、自民党の変化を印象付けた。

 来賓では、グレアム・フライ駐日英国大使、公明党の神崎代表、日 本経団連の奥田碩会長、演出家の宮本亜門氏がそれぞれ祝辞を述べた。 連合は2003年、04年、05年の年次党大会に笹森清会長(当時) が出席したが、高木剛会長は「民主党支持組織として、自民党の意思 決定機関に参加するのは不自然だ」との考えを示していたため、自民 党も招待しなかった。
(2005年11月22日13時54分 読売新聞)



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